「よう、待ってたぞ。」
『今、あんたのこと、噂していたんだ。」
「ケンにカンパイしよう。」
「日本にカンパイ、オーストラリア・デイおめでとう。」
けたたましいばかりの歓迎ぶりだ。牧場主で馬の歯医者をしているビル。印刷会社を経営している"もの知り"トム。メルボルン大学経済学部で教鞭をとっているボブの義弟リチャード。市会議員で会社社長のジム。証券会社に勤めるジョージ。この日の仲間で最年長のジャック・・・。
顔なじみの何人かの、何故かいつもよりは晴れやかな顔がみえる。この日ばかりは、女どもへのサービスに気をつかう必要がないからであろうか・・・。
「よう元気かい?また会えてうれしいよ。」
そんな挨拶を交わしながらグラスを重ねる。
だが、同じ人類に属しながら、どうしてこうも違うのであろうか。アルコールには自信のあるはずの私も、ここではさっぱり通用しないのだ。ただただ、巨大で頑丈な胃袋をもつオーストラリア紳士の飲みっぷりに私は感心するばかりだった。
飲みつづけ喋りつづけてふと時計を見ると、午前二時を過ぎていた。私は五時間、他の人たちは八時間、ぶっ通しで飲みつづけたことになる。
「ジェントルマンたちよ、そろそろお開きにしようではないか。これ以上飲むと、アナ・ムーシイに歩き方を教わらなければならなくなるぞ・・・。」
最年長のジャックが、みんなに声をかけて犬のように這って歩くかっこうをしてみせた。
「そうしよう。アナ・ムーシイも、一度にこんなに大勢の人間にいちいち歩き方を教えるのは大変だろうし・・・。」
誰かがジャックに応えた。そして、お喋りの方はそのままに、みんながいっせいに立ち上がって跡片づけを始めた。皿を運ぶ者、残った食べものをまとめる者、スプーンやフォークをまとめて流し台に運んだり、コップを片づけたり・・・。
あるじのボブが、あがりの紅茶とケーキを用意している間に、ジャックがエプロンをかけて、皿洗いを始めた。「セクシィだぞ、ジャック。」誰かがひやかした。
ジャックが洗った皿をすぐさま受け取って布巾でふく人、それを食器棚にしまう人。とにかく、手ぎわのよいのにはびっくりした。私なら、間違いなく、皿の二、三枚は割ってしまうだろう。さすがに音にきこえたオーストラリアン・ハズバンドたちだ。皿を洗うにしてもふくにしても、板についており、さまになっているからにくい。しかも、八時間も飲みつづけたあとで。
アッという間に、流しの周囲に積まれた食器類はすっかり片付いてしまった。
ジェントルマンたちが跡片づけするのは、この日のような男だけのパーティにかぎらない。ご婦人がたが出席するごく普通のパーティでも、跡片づけは、男の仕事である。
それにしても、やはり習慣とは恐ろしいものだと思う。かなりアルコールをきこしめしたジェントルマンたちが、コップ一つ割らずにきれいに跡片づけをするとは、私は本当に感心してしまった。
一段落したところで、お茶を飲みながら、お喋りのつづきが始まった。私はこのとき、以前から一度たずねてみたいと思っていたことを口に出した。
「オーストラリアの男どもは、家事のことをまめにやるが、楽しいからかい?」
及川甲子男 (1975) 「メルボルン・ノート」 日本放送出版協会 pp. 28-30.
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