2012年12月24日月曜日

あわや大事故に(3)

 オーストラリアには、六つの州(他に二つの特別区)がある。それぞれの州にはイギリス女王が任命した提督がおり、独自の議会と法律のもとで、学校の義務教育の年限から、ビールのアルコール分の強さに至るまで、州によって異なる。

 鉄道について言えば、線路の幅は、ビクトリア州の場合は1メートル60センチなのに、ニュー・サウス・ウェールズ州では1メートル43センチの標準ゲージを使うなど、州によってバラバラなのだ。標準ゲージによる大陸横断鉄道が、1970年3月に完成する以前は、シドニーからパースに行くには、五回も列車を乗り換えなければならなかった。

 話が脱線してしまったが、カウボーイ姿の人をみて、鉄道関係者かも知れないと思ったのは、鉄道員や警察官などの制服も、州ごとにバラバラで、しかもそれぞれが極端に違うからである。

『この辺りは、牧場の多い地方だから、カウボーイ姿が制服になっているのだろう。』私は勝手にそう考えていた。それに、このような緊急時に、これほど冷静にふるまえるなんて、鉄道の関係者でなくて誰ができるものか。私は、頭からそう信じていた。

「もう大丈夫ですよ、心配いりません。ケガはありませんでしたか?私たちはラッキーでしたね・・・」

 私の席に来て、鉄道員らしい人はこう話し、さらに巨体をかがめるようにして、

「日本からいらしたんでしょう。」
「そうです。どうしてお判りですか?」
「いや、かねがね欲しいと思っている日本製のムーヴィ・レコーダーをお持ちじゃないですか。」

 これには私もいささか面喰らってしまった。この異常時の中で、私の横にあるカメラとテープレコーダーの非常に小さな商標を確認する余裕が、この人にはあったのだ。

「こんな経験、初めてでしょう?」
「もちろん、そうですよ。」
「驚いたでしょう。」
「ええ、そりゃ・・・。日本には、船のようにローリングするディーゼル・カーは、残念ながらありません。もっとも、日本のディーゼル・カーには、いつもたくさんのお客が乗っていますので、重過ぎて車輪がレールからうくなんてことなどないんでしょうがねぇ。」

 私は精一杯のジョークに、こりゃおもしろいと言わんばかりに、大きなジェスチャーで周囲の人を見まわしながら、高笑いをする。

「どうぞ、いい旅を!」
「ありがとう。」
 
及川甲子男 (1975) 「メルボルン・ノート」 日本放送出版協会  pp. 48-50.