2012年10月7日日曜日

十八才まで幸せ(1)

「遅かったじゃないか、ケン。待ちくたびれたぞ。」こう言い終わるか終わらないうちに、イーンはウィスキーの入ったグラスを、さっと私に差し出した。

 イーンとは、ボブの別荘でのバーベキュー・パーティ以来のつき合いだ。彼は私がウィスキーしか口にしなかったのを覚えていたようだ。イーンはもう一方の手に持った自分用のビールを目の前にかかげて、玄関先で早速乾杯だ。

「やあ、よくきてくれたね、ケン。」この家の主で、今日のパーティの立案者であるボブが、エプロンで手をふきながら出て来た。ラウンジ・ルームの方からは、すさまじい話し声がひびきわたってくる。

 パーティが始まって、すでに三時間は経っていた。みんなかなりできあがっているようだ。話し声というよりも「ワァーン」という反響音になってきこえてくる。

「パーティは大盛況のようだね、ボブ。」
「いやあ、すさまじいかぎりだよ。とにかくオーストラリア・ディを祝うにふさわしい雰囲気だ。さあ、早くあちらへ行こう。」

 毎年一月二十六日は、「オーストラリア・ディ」だ。一七八八年のこの日、イギリスのアーサー・フィリップ海軍大佐が、千人あまりの部下と流刑囚、それに何頭かの家畜をつれて現在のシドニー付近に上陸したのを記念する日で、オーストラリアの建国記念日である。

 毎年この夜、ボブの家で"カカア天下"のこの国にはきわめて珍しい"男だけのパーティ"が開かれる。ただし、これは一般的な習慣というよりは、ボブとその仲間だけの行事と考えた方がよさそうだ。

 ちょうど学校は夏休み中なので、家族と一緒に涼しい別荘で休暇を過ごしていたボブは、建国記念日の前夜、一人で、正しくは彼の愛犬アナ・ムーシィ(エストニア語、ギヴ・ミイ・ア・キッスの意味)をお供に、家へ帰った。そして、その瞬間から、ボブの大活躍が始まったのだ。

 あらかじめ買っておいた材料を使って、料理にとりかかる。飲み物の準備、ラウンジ・ルームのセッティング、その他、客を迎えるまでにしなければならないすべてのことをボブはやってのけるのである。何ごとにも、あせったりバタバタすることをきらうオーストラリア人だが、この夜ばかりは例外だ。ボブは盆と正月が一緒に来たような忙しさに追われ、その忙しさは、記念日当日の夕方まで続くのだ。

 女房たちをまじえない男だけのパーティ。人を楽しませることが好きなボブにとって、少々の忙しさなど少しも苦にならないことだろう。逆に忙しい想いをしたあとの楽しみは、特別なのかもしれない。準備や後始末を考えれば、大変な労力になることは間違いないが、性こりもなく、毎年毎年くり返しているところをみると、女房抜きの男だけのパーティは、よほど楽しいのだろう。それは「バッチェラーズ・パーティ」(独身男のパーティ)と名づけられていることからもある程度は推測できる。もちろん出席者には、独身男など一人も含まれてはいない。

 その当日私は、別の約束があったため、公園一つ超えただけのボブの家に着いたときは夜九時を少しまわっていた。幸いなことに、真夏とは思えない肌寒いほどの夜で、この国流に言うと、寒いときの飲み物であるウィスキーがぴったりの気候だった。

及川甲子男 (1975) 「メルボルン・ノート」 日本放送出版協会  pp. 26-28.

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