2012年11月24日土曜日

あわや大事故に(1)

「ダダダダ、ドドドーン、ダダダダ、ドド!」

 規則正しくきこえていた列車の走行音が、突然、狂い始めた。列車が左右にぶれる。


「ウーッ!」


 息がつまりそうだ。椅子のひきかけに思いっきり横腹をぶつける。左右の車輪がレールから交互に浮かび上がる感じ・・・。


 上下動をくり返す赤茶けた平原。網棚の旅行鞄が、一瞬視界をさえぎり、左の方へドサーッと落ちて来た。頭に当たるのをさけるのがやっとだったが、次の瞬間、体が椅子を離れ、宙に浮いたかと思うと、


「アイタッ!」


 また元の椅子へ。今度は背中をイヤというほどぶつける。


「ウワァーン!」


 前の席にいた五つぐらいの男の子が、椅子から素っ飛んで通路にたたきつけられていた。『悲鳴も万国共通だな』妙なことに感心する。

 1972年11月30日、私はオーストラリア大陸横断鉄道「トランス・オーストラリアン号」に乗ろうと、南オーストラリア州の首都、アデレードから、まずディーゼル準急でポート・ピリイに向かっていた。シドニー、パース間を三泊四日で走る「インディアン・パシフィック号」の切符がとれなかったからだ。


 ポート・ピリイからパースまででも二泊三日の旅になる。オーストラリアの広大さを知るには、オーストラリア大陸を突っ走る横断列車に乗るのが、一番手っ取り早い、その上、世界で最も長いといわれる478キロもの直線コースが含まれている。信じられないことだが、新幹線の岡山・浜松間以上の距離が、まったくカーブがないというのだ。

 シャワーにトイレ付きのゆったりした個室。豪華なラウンジ・カー、”動くホテル”とでも形容したらよいのだろうか、万事ゆったりしていて、居住性は抜群と案内書にある。こういう列車に乗って、のんびり伝説と景観の国オーストラリア大陸の広大な景色を楽しむなんて、何ともぜいたくな旅ではないか。”速いだけが取り柄”の、どこかの国の列車では味わえない優雅で豪華な旅。オーストラリアならではの旅を満喫するために、この旅行を計画したのだが・・・。


 私を乗せた準急が、アデレード駅を出て三時間ほど経ったとき、このできごとが起こったのだ。

及川甲子男 (1975) 「メルボルン・ノート」 日本放送出版協会  pp. 43-45.

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