2014年10月5日日曜日

ピック・アップで助け合い (2)

 反対側の道路からは「パイパー、パイパー!」(パイパーとはペーパーのオーストラリアなまり)こちらの方は、退役軍人の、オールド・ボーイのしわがれ声だ。
 市電の走る音が、ガタン、ゴトン、合間には、メルボルン中央郵便局の時計塔のチャイム。そして交通警官の笛の音。今日は雨が降ったせいだろう、白いヘルメットに黒い旧式のマントを着ているが、しなやかに動く白い手袋ははっきり見えない。逆に信号の灯りが、やけに輝く。
 ヴィクトリア朝風の建物が多いメルボルンは、どことなくロンドンをほうふつとさせる街であることはすでにふれたが、最近では、古いビルをとりこわして高層ビルがふえてきた。イギリススタイルとアメリカスタイルの合体である。
 そんな、近代的なビルとクラシックな建物とが並ぶメルボルンのあちこちに、ハンド・バッグや鞄を手にした人たちが、大勢つっ立っている。それも恋人同士の待ち合わせか?それにしては、とうの立った少々くたびれた恋人が多すぎる。待ち合わせには違いないが、全部が全部恋人とのデートというわけでもないらしい。彼らの関心は実は待ち合わせよりも、車にあるのだ。郊外にある自分の家まで送り届けてくれる車にだ。彼らは友人同士でさそい合わせて、同じ車で出勤したり帰宅したりしている。出勤時や勤め帰りの車には、定員いっぱいか、それよりも多くの人間が乗り合わせている。
 労働力が足りないうえに、託児所などの社会福祉士施設が発達しているせいか、この国では共働きが多い。だから、なかには旦那さんが奥さんだけを乗せて、二人きりで走る車もあるが、中心街を出るまでには、車の中の人数はさらにふえるのが普通だ。友人同士が、たとえば一週間交代で何人かの仲間を自分の車で送り迎えするのだ。つまり朝はそれぞれのオフィスまで送り、帰りは、待ち合わせ場所にいる友人を次々にピック・アップしてそれぞれの家に送りとどけるのだ。
 ゼネ・ストで一切の交通機関がとまっているようなときでも、たった一人しか乗っていない車が圧倒的に多い日本とは、まさに対照的だ。これには、出勤時間や退勤時間がだいたい同じで、それぞれの勤め先もあまり散らばっていないことも関係してくるだろう。何しろ、時間外労働をするサラリーマンなどほとんどいないお国がらだ。朝出勤する時刻が同じなら帰りも当然似たような時間に仕事が終わるというわけか。

及川甲子男 (1975) 「メルボルン・ノート」 日本放送出版協会  pp. 134-135.

0 件のコメント:

コメントを投稿