2012年11月25日日曜日

あわや大事故に(2)

 ほぼ満員の電車。再び窓を見る。

「まだかなりスピードが出ているぞ。」

 ひじかけに右腕をまきつけ、両手をしっかり組み合わせる。たちまち手のひらにじっとり汗がにじむ。

「○○線で脱線事故・・・」

 不思議なことに、たて文字の活字が、頭の中に組み立てられた。横倒しになった列車、その傍でうごめく乗客、空転する車輪、人々の叫び、救急車のサイレン・・・。そんな光景が・・・。

 しかし、現実の列車は一向に倒れようとしない。相変わらず「ダダダダ、ドドドーン!」だ。そして、突然、「ギギギギギィ!」乗客の何人かが椅子から派手に転げ落ちた。

 凍った雪道を走っていて急ブレーキをかけた感じ・・・。たよりなく、スーッと動いている・・・。金属をこすり合わせるような音が何秒かつづいて、列車はやっと停まった。通路に放り出された乗客が、ゆっくり立ち上がる。どの顔も真っ青だ。ふるえている人もいる。

 うしろの席の赤ん坊が火がついたように泣き出した。正確には、このときになってやっと私はこの赤ちゃんの泣き声に気づいたのだ。何しろ、目の前で起こる現象を追うのに精一杯で、うしろのできごとに神経を使う余裕など。まったくなかったのである。

「助かったぞ!! よかったなぁ!」誰かが叫んだ。この一言で、車内にやっと、ざわめきが戻った。
『やれやれ、どうやら助かったんだあ。』こう思ったとたん私は、長い間(と言っても実際には短い時間だったのだが)緊張していたせいか、全身の力が抜け去ってしまい、大きなためいきとともに、まぶたをとじた。

 ふと気がつくと、奇妙なことに列車は水平に停まっていた。つまり脱線していなかったのだ。駅に停まるたびに気になったのは、敷石らしいものものもなく、ひび割れたような枕木の上にたあ並べ置かれただけにみえる頼りない感じのレールだった。『こんなレールなら簡単に脱線していしまいそうだ。』そういう意識が、心のどこかで強く作用していたのだろう。「あなたはケガはなさいませんでしたか。きっと、神さまのおかげですよ。」「そちらの方は?」

 安堵のざわめきの中で、こんな声が聞こえてきた。一人の中年のおじさんが、通路に出て、客席の乗客の一人一人に、声をかけている。

『やけに田舎っぺスタイルをした乗務員だなぁ。この州の鉄道には、こんな制服しかないのかな?』

 背が高く、カウボーイ姿で赤ら顔の、ひげづらである。

及川甲子男 (1975) 「メルボルン・ノート」 日本放送出版協会  pp. 45-48.

2012年11月24日土曜日

あわや大事故に(1)

「ダダダダ、ドドドーン、ダダダダ、ドド!」

 規則正しくきこえていた列車の走行音が、突然、狂い始めた。列車が左右にぶれる。


「ウーッ!」


 息がつまりそうだ。椅子のひきかけに思いっきり横腹をぶつける。左右の車輪がレールから交互に浮かび上がる感じ・・・。


 上下動をくり返す赤茶けた平原。網棚の旅行鞄が、一瞬視界をさえぎり、左の方へドサーッと落ちて来た。頭に当たるのをさけるのがやっとだったが、次の瞬間、体が椅子を離れ、宙に浮いたかと思うと、


「アイタッ!」


 また元の椅子へ。今度は背中をイヤというほどぶつける。


「ウワァーン!」


 前の席にいた五つぐらいの男の子が、椅子から素っ飛んで通路にたたきつけられていた。『悲鳴も万国共通だな』妙なことに感心する。

 1972年11月30日、私はオーストラリア大陸横断鉄道「トランス・オーストラリアン号」に乗ろうと、南オーストラリア州の首都、アデレードから、まずディーゼル準急でポート・ピリイに向かっていた。シドニー、パース間を三泊四日で走る「インディアン・パシフィック号」の切符がとれなかったからだ。


 ポート・ピリイからパースまででも二泊三日の旅になる。オーストラリアの広大さを知るには、オーストラリア大陸を突っ走る横断列車に乗るのが、一番手っ取り早い、その上、世界で最も長いといわれる478キロもの直線コースが含まれている。信じられないことだが、新幹線の岡山・浜松間以上の距離が、まったくカーブがないというのだ。

 シャワーにトイレ付きのゆったりした個室。豪華なラウンジ・カー、”動くホテル”とでも形容したらよいのだろうか、万事ゆったりしていて、居住性は抜群と案内書にある。こういう列車に乗って、のんびり伝説と景観の国オーストラリア大陸の広大な景色を楽しむなんて、何ともぜいたくな旅ではないか。”速いだけが取り柄”の、どこかの国の列車では味わえない優雅で豪華な旅。オーストラリアならではの旅を満喫するために、この旅行を計画したのだが・・・。


 私を乗せた準急が、アデレード駅を出て三時間ほど経ったとき、このできごとが起こったのだ。

及川甲子男 (1975) 「メルボルン・ノート」 日本放送出版協会  pp. 43-45.